経営学者のピーター・ドラッカーは、「企業の目的は顧客の創造であり、そのために、企業は2つのファンクションをもつ。それは、マーケティングとイノベーションである。」と語っています。
イノベーションという言葉を造ったシュンペーターは、イノベーションの5つの類型を示しましたが、現代における欧米の多くの経営者は「新しい経済価値の生成」という意味で捉えているようです。新しい経済価値の生成とは、既存事業であれ新規事業であれ、対象とする顧客に新しい価値を提供し、その対価として金銭的な価値を獲得するということを意味します。
ところで、厳格さは異なれど、多くの企業活動には必ずプロセス、そのプロセスに対するインプットとアウトプットが存在します。
自動車のような物理的なプロダクトの製造プロセスにおいては、原材料や部品がインプット、完成品がアウトプットです。同様に、会計/財務プロセスにおいては、財務データがインプット、財務諸表がアウトプットです。マーケティングプロセスやセールスプロセスとなると、少しあやしくなってきます。B2CとB2Bではマーケティング組織とセールス組織の役割が異なってくるからです。また、直接販売と間接販売でも異なるでしょう。
イノベーションのプロセスは、企業によっても様々ですし、製造プロセスや会計/財務プロセスのように直線的ではないかもしれません。しかしながら、ランダムまたはアドホックであってはなりません。
ガーベージイン&ガーベージアウトという言葉があります。これは、間違ったインプットからは、たとえ正しいプロセスであったとしても、間違ったアウトプットしか生まれてこないことを意味します。したがって、少なくともプロセスのインプットとアウトプットを最初に定義しておくことは非常に重要です。
イノベーションプロセスのアウトプット
プロダクトイノベーションについて考えてみます。プロダクトイノベーションに関するプロセスのアウトプットは「市場において検証されたプロダクトやサービスに関するアイデアやコンセプト」です。製造プロセスのアウトプットに基準となる品質に満たない完成品があるのと同様、イノベーションプロセスのアウトプットにも新しい経済価値を生まない、つまり需要のないアイデアやコンセプトもあるでしょう。
また、有効であると検証されたアイデアやコンセプトを実際に作るのは製造部門の役割であり、そのアイデアやコンセプトをもつプロダクトのメッセージを市場に伝えるのはマーケティング部門の役割でしょう。
イノベーションプロセスのインプット
一方、イノベーションプロセスのインプットは3つのタイプが想定されます。
プロダクト/サービスに関するアイデア/テクノロジー
1つ目のインプットは、プロダクト/サービスに関するアイデア/テクノロジーです。
このアプローチを採用する企業が最も多いと思われますが、実際のところ最も成功確率が低いというのが現状のようです。特にターゲットとする顧客、顧客のニーズや課題が明確になっていない場合はなおさらです。また、複数のアイデアが持ち込まれた場合、スクリーニング(絞り込む)ための基準がないことが短所です。口の悪い人は、これをインプットとすることを「後ろ向きのイノベーションプロセス」と呼びます。
もっとも、実験と割り切ることができる場合は別です。例えば、グーグル・グラスは最終的に実用化するに至りませんでしたが、これは実験であると同社は位置付けています。また、リーンスタートアップのアプローチのように、初期のアイデアを安く早くテスト/検証し、その失敗から何かを学ぶことを推奨している組織であれば、このアプローチも有効かもしれません。
新しいプロダクト/サービスに関する顧客の声
2つ目のインプットは、新しいプロダクト/サービスに関する顧客の声です。
かつてヘンリー・フォードは「もし顧客に何が欲しいかと尋ねたら、もっと速い馬が欲しいと答えていただろう」、スティーブ・ジョブスも「何が欲しいかを考えるのは消費者のジョブ(仕事)ではない」と語っていました。
昔から、マクドナルドの顧客向けにアンケートをとると必ずといっていいほど、ヘルシーな野菜系のメニューが欲しいという声が多く出てくるそうですが、この声をベースに商品化してもなかなか売れることはないようです。当時の社長を務めていた原田氏は「お客は言うこととやることが違うからお客の話を聞いてはだめ」と発言されていたそうです。注)
また、あまりにも多くの顧客の声をプロダクトに反映させようとすると、機能が多すぎて逆に使いづらいプロダクト(フィーチャー・クリープ:毛虫のような機能だらけのプロダクト)となってしまうことになりかねないのです。
顧客が実現したいことに関する深い理解と洞察
3つ目のインプットは、顧客が実現したいことに関する深い理解と洞察です。
これがイノベーションプロセスにおける最も役に立つインプットであるというのが現代における最も有力な説です。なぜならば、私たちはどのような新しいプロダクトやサービスが欲しいかは分からなくても、常日頃、何をしたいか、何をしなければならないかは分かっているからです。
これを支援するためのコンセプトが「ジョブ理論」です。ジョブとは、特定のプロダクトやサービスとは関係なく、ある状況において私たちが成し遂げようとしていることを意味します。
今年惜しまれつつ亡くなったハーバードビジネススクールのクリステンセン教授は、「顧客が成し遂げようとしているジョブを深く理解することから始める際、イノベーションはより予測可能になり、さらに収益性が上がるようになる」と語っています。
イノベーションに対する最も大きな機会は、「ある状況において何かを上手く成し遂げたいが、それを支援してくれる適切なプロダクトやサービスが見つからない」状態を発見することです(これは、非消費の状態と呼ばれます)。
例えば、「出張中の飛行機の中で、リラックスすることができるように好きな音楽を聴きたい(ラジカセではかさばりすぎる)」というソニーの当時の名誉会長であった井深氏の要望が、ウォークマン開発の経緯であったと言われています。
ちなみに、新しいプロダクト(ウォークマン)にポータビリティを持たせるために、あえてスピーカーと録音機能を無くしたわけですが(フィーチャー・クリープとは逆の発想)、同社の内部からは「こんな中途半端なものは誰も買わないだろう」という声が多くあったそうです。
注)「顧客が欲しいものを、顧客に聞くのは時間の無駄なのか?」を参考にしました。
(関連ページ)イノベーションプロセス
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