イノベーション再考 – シュンペーター編(ブログ)

近年、イノベーションという言葉を組織名称に加える企業が増えてきました。本ブログ「イノベーション再考」では、あらためてイノベーションにまつわる歴史や様々なトピックについて考えていきたいと思います。

 

最初に、イノベーションの父と呼ばれたオーストリアの経済学者であるヨーゼフ・シュンペーター(1883〜1950年)を取り上げていきます。同氏については様々な記事で紹介されていますが、ここでは当社なりの解釈も少し加えていきます。

ヨーゼフ・シュンペーター

シュンペーターは、「企業者(起業家)の行う不断のイノベーションが経済を変動させる」という理論を構築し、イノベーションこそが資本主義における経済発展を支えると説いています。同氏によれば、イノベーションとは「価値の創出方法を変革して、その領域に革命をもたらすことである」としています。また、当初はイノベーションのことを「新結合」という言葉で表現していました。

 

新結合という言葉は、シュンペーターが初期の「経済発展の理論」で用いた言葉で、後に新結合を実行することを、ラテン語のinnovare(内に新しい発想を導入し、新しくする)に「実行する」するという意味を掛け合わせて、同氏がinnovation(新結合の実行)という新しい言葉を後に造ったようです。

 

新結合とは、現存するモノゴトの新しい組合せといった意味も持ち合わせています。今年、惜しまれつつ亡くなったハーバードビジネススクール教授クレイトン・クリステンセンも、イノベーションは「一見、関係なさそうな事柄を結びつける思考」と位置付けていました。

 

日本において、イノベーションは「技術革新」と解釈されることが多いのですが、実はもっと幅の広い複合的な概念です。シュンペーターは、イノベーションを5つの類型で示しました。

  1. 新しいプロダクトまたは新しいプロダクト品質の生成
  2. 新しいプロダクションプロセスの生成
  3. 新しい市場の開拓
  4. 新しいマテリアルまたは他のインプットの確保
  5. 産業セクターにおける組織構造の生成と適用

シュンペーターの時代においては、インターネットどころか、コンピューターやソフトウェアといったものも存在していませんでした。また、対象業界も製造業を中心としたもののように感じます。したがって、本ブログではこれら5つの類型を現代風に置き換えて考えてみたいと思います。

新しいプロダクトまたは新しいプロダクト品質の生成

イノベーションの1つ目の類型は、「新しいプロダクトまたは新しいプロダクト品質の生成」です。いわゆるプロダクトイノベーションです。クルマ、コンピューター、プリンター、携帯電話など、このタイプは誰もが一番理解しやすいでしょう。もちろん、サービスイノベーションもこの類型に含まれます。

 

プリンターと電話を組み合わせることによって生まれたファクシミリは、新結合(現存するモノの新しい組合せ)のお手本です。また、iPhoneの発表会でスティーブ・ジョブズが自ら語ったように、iPhoneは音楽再生プレイヤー、携帯電話、インターネット接続デバイスを組合せたものです。さらに革新的なことは、物理的なキーボードを無くしたことでしょう。

 

現代において、IoTテクノロジーを活用することによって、モノとモノを物理的に一緒にすることなく新結合を起こすことができるようになりました。グーグルに買収されたIoTスタートアップのネスト社は、サーモスタット(室内の温度調節デバイス)、煙探知機、監視カメラといった自社のIoTプロダクトを、他社のプロダクト(クルマ、照明器具、洗濯機、ソーラーパネル、家のカギなど)と相互接続させようとするパートナーシッププログラムを提供していました(現在はグーグルのプログラムに吸収)。

 

例えば、サーモスタットとソーラーパネルをネットワークで結び付けることにより、天気の良い昼間はソーラーパネルによる発電が家の中を暖かくし、それ以外の場合にはサーモスタットのスイッチが自動的にオンになるという具合です。同社は、コンシャスホーム(意識のある家)というコンセプトで表現しています。 

新しいプロダクションプロセスの生成

イノベーションの2つ目の類型は、「新しいプロダクションプロセスの生成」です。こちらはプロセスイノベーションと言っていいでしょう。

 

オンライン直販によるパソコン販売からスタートしたデルは、この類型に含まれるでしょう。多くの製造業の場合、需要予測に基づいてプロダクトを生産します。一方、デルは顧客の指定したスペックの注文に基づいてパーツを組み立てて出荷する、いわゆるBTO(ビルト・ツー・オーダー)というマスカスタマイゼーションプロセスを構築しました。

 

また、アパレルメーカーのザラは、トレンド検知、デザイン、生産、ロジスティックス、配送を統合した生産システムを使用することにより、サプライチェーンに関する時間を圧倒的に短縮しました。これによって、同社の「最新のファッションを手ごろな価格で提供する」という価値提案(ファストファション)が実現しました。

 

全ての企業がプロダクトを製造しているわけではないので、オペレーションプロセスとして捉えればこの類型の範囲は広くなります。近年、アマゾンは「シッピング・ゼン・ショッピング」というタイトルの特許を出願しました。これは、顧客が特定の商品を注文する前に発送してしまおうというものです。これは人工知能テクノロジーを活用して、顧客の購買履歴やウェブサイト内の行動履歴から、顧客が数日中に注文しそうな商品を予測するという根拠の上に成り立っています。近い将来、予測の精度が高まれば、商材と地域を絞って実験することでしょう。

新しい市場の開拓

イノベーションの3つ目の類型は、「新しい市場の開拓」です。これは、マーケットイノベーションと呼ばれることがあります。

 

日本メーカーの努力によって生まれたインクジェットプリンターは、この優れたお手本でしょう。これはプロダクトイノベーションであると同時に、家庭という新しい市場を開拓したものといえます。

 

任天堂Wiiは、対象とする利用者層を家族全員にまで広げることによってシェアを大きく伸ばすことに成功しました。面白いのは、消費電力を気にすることなく長時間家族が楽しむことができるように、あえて機能的なスペックを抑えたことです。これは、技術革新とは真逆の発想です。

 

ノーベル平和賞が授与されたムハマド・ユヌス氏によって創設したグラミン銀行は、リスクが高いという理由によって従来の銀行が対象としていなかった貧困層に対して、小口の融資や貯蓄などのサービスを提供する「マイクロファイナンス」を確立しました。

 

BoP(ベース・オブ・ザ・ピラミッド)という概念があります。これは、年間約30万円以下で生活をしている人々の層を指し、世界人口の約7割(約45億人)が該当するといわれています。どのような企業にとっても、BoPは巨大な未開拓の市場でもあるわけです。

新しいマテリアルまたは他のインプットの確保

イノベーションの4つ目の類型は、「新しいマテリアルまたは他のインプットの確保」です。これは、リソースイノベーションと言ってもよいかもしれません。

 

プロダクトを製造するための新しいリソースとしてのマテリアルに関しては、ナイロン(デュポンの科学者が発明)、プラスチック、ごアイテックスなどが思い浮かぶでしょう。ゴルフ好きの方であれば、ヘッドの素材がパーシモン(柿の木)から、メタル、カーボン、チタンへの進化していったことを思い浮かべるかもしれません。

 

地球環境という視点でいえば、リサイクル素材の活用でしょう。世界の廃棄物年間発生量は、推定で2016年の20.1億トンから今後30年間で34億トンに達すると予測されています。日本人に限っていえば、1人当たり毎日約1kgのゴミを捨てているということになるそうです。

 

マテリアル(物的リソース)だけでなく、ヒト(人的リソース)、カネ(財務リソース)、チエ(知的リソース)もまた、企業が価値あるプロダクトやサービスを生成するためのリソースです。特に知的リソースは現代の企業にとって最も重要であり、センサーや人工知能を通じて得られた知見や洞察としてのデータは、アマゾンやグーグルのような企業が提供する価値の源泉でもあります。

産業セクターにおける組織構造の生成と適用

イノベーションの5つ目(最後)の類型は、「産業セクターにおける組織構造の生成と適用」です。つまり、組織イノベーションです。

 

あくまで相対的な概念ですが、組織構造にはピラミッド型とフラット型があり、日本企業はピラミッド型が圧倒的に多いと言われています。ピラミッド型の長所は明確な仕事の役割が明確にされている一方で、俊敏性のある行動や柔軟な対応がしづらいという短所を持ち合わせています。

 

ピータードラッカーは、「階層をなす組織に潜む最大の危険は、よく考えもしないで上司の言っていることを、そのまま実行してしまうことだ」と言っています。グーグルでは、他人の主観的な意見(たとえ上司であっても)よりも、自分で集めた客観的なデータ(事実)を重視していると聞いたことがあります。テスラも、組織内コミュニケーションのスピードを速め、課題解決のスピードを高めるために、フラット型組織を採用しているようです。

 

デジタル時代における究極的な組織構造は、リナックスやウィキペディアのような組織内外の人々によって価値あるプロダクトやサービスを生成するフラットなネットワーク組織かもしれません。これは、バリューコンステレーション(コンステレーションは星座という意味)と呼ばれる価値生成の活動を意味します。


本ブログでは、シュンペーターが示したイノベーションの5つの類型に関する現代的な意味合いについて考察しました。もっとも現代の多くの経営者は、イノベーションを「新しい経済価値の生成」と解釈しているようです。この新しい経済価値の生成の意味するところについては、別のブログで取り上げていきたいと思います。

 

(関連ページ)イノベーションプロセス

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